雑誌「クルーズ」に好評連載中の「世界の船旅」CRUISE誌上放映。
2015年5月27日発売の2015年7月号に掲載された内容をご紹介します。
「カクテルの隠し味」
この船では、船上初のクレーン式展望カプセルをはじめ、プロジェクション・マッピングのショーや、タッチパネルでお酒の種類や味を選ぶとその指示どおりのカクテルをロボットが作ってくれるバーなど、新施設の撮影に追われました。
一日中船内を撮影してへとへとになった夜、疲れを癒やそうとバーに向かったのですが、「ロボットバー」は乗客たちで満員。諦めて静かな普通のバーに入りました。カウンターで隣に座った乗客と会話が弾み、やがて話題は船の施設に。そしてその乗客は言ったのです。「わかるかい。ハイテクも良い。だけどこのカクテルに入っている愛情を忘れちゃいけないぜ」。
その時のバーテンダーの笑顔は忘れられません。新しい技術に圧倒されても、その裏で働くクルーの力を忘れてはいけない、とあらためて気付かされました。翌日からクルーたちの働く姿をさらに注意して撮影するようになったのでした。
「岩の上から」
ブルガリアのベログラドチック要塞でのこと。要塞のある丘で見晴らしの良い場所を探していると、近くにいた男性が「あそこが良いよ」と教えてくれました。そこは丘からせり出したように見える岩の上。三脚を立てるスペースも十分です。
丘と岩の間には幅1メートルほどの溝があるのですが、柵もなかったので軽くジャンプして跳び移りました。その瞬間「おお!」という声が聞こえ、振り返ると丘にいる人たちがこちらを心配そうに見ています。浅い溝だと思いこんでいたそこは、実は深さが50メートルほどある谷だったのです。
途端に不安になり、急いで撮影を済ませて戻ることに。ところが、先ほどは簡単に跳べた溝が、今度は恐ろしくなって丘がとても遠くに思えるのです。なんとか勇気を振り絞りジャンプして戻ると、先ほどの男性が大喜びで握手を求めてきました。その悪びれない態度に、怒る気はうせてしまったのでした。
「桁違い」
今回は船のアートツアーを取材しました。多くの美術品が並ぶ船内のギャラリーに向かうと、画商をしているというキュレーター(学芸員)が作品の解説をしていました。その場の乗客たちは皆、真剣な表情で話に耳を傾けています。
説明が終わり、個々の作品を撮影し始めたとき、美術品の値段に気が付きました。700万円のピカソに、320万円のダリの彫刻。極めつけは、他では展示されたことがないというシャガールの絵画、なんと7000万円。驚くような値段の作品がガラスケースもない誰でも出入りできる場所に飾られているのです。
しかも、この船ではクルーズ中に、展示品を購入する乗客も少なくないとか。数千万円の絵画をわずか1週間で決断して買うというセレブに驚かされました。帰国後デスクに話すと、「1000円のランチで迷ってる人には縁のない世界よね」と慰めとも思えない一言が返ってきました。